レッスン「私の出会った人物」

作文1回目

「○○大学の△△です。」

 その自己紹介を聞いて少し怯んだ。権威に過度な畏怖を感じるタイプの私にとって、大学教授は十分すぎる肩書だった。これは仕事だと言い聞かせることで、なんとか冷静さを保った。知っている限りの礼儀を尽くし、手に汗握る電話対応を終えることができた。最悪なことに、一回のやり取りでは要件を片付けることができなかったので、また連絡をしなければならないことが確定してしまった。

 私は電話が終わってすぐに、○○大学のホームページで△△の名前を探した。学長だった。私は戦慄した。一般教授でさえ緊張するのに、学長とは。私は先ほどの会話で何か粗相がなかったかを振り返った。そして、もう一度電話をかけるのが億劫になった。

 そもそも、電話自体あまり好きではない。私は自分のコミュニケーション能力にある程度の自信を持っている。しかしそれは対面に限った話である。相手の表情をコミュニケーションの羅針盤にしている私にとって、顔が見えない電話は、何の標的もなく大海原に漕ぎ出すのと同じなのだ。

「○○大学の△△です。」

 心なしか先ほどの声よりも威厳が増したように聞こえる。怖気づく。こちらの要件を伝える。返答の声が怒っているように感じる。

 受話器を置いた私はすぐにトイレへ向かった。顔を洗う。深呼吸をして席へ戻った。

講義の感想

抽象化と具体化

抽象化の弱み

 言葉には、すでにいくつかのイメージが付きまとっている。そして、そのイメージは、定型的な文章を作り出す。今回でいうと、「出会い」という言葉が該当する。「出会い」という言葉からは、すでにどこかドラマチックな雰囲気が漂っている。しかし、その頭に浮かんだドラマは、使い古された退屈なドラマであることの方が多い。また、人物の特性について語る場合も同じことがいえる。既成のフォーマットに当てはめて文章を作成するのは、効率的という強みの真裏に、類型的という退屈さを隠し持っている。

具体化の強み

 この定型文から脱出するためには、具体的に詳細を描写することだ。人物との出会いであれば、その人物(声質、服装、年齢など)と出会い(場所、時間帯、原因など)それぞれについて掘り下げることのできる箇所を探っていく。詳細を書くことで、文章に自分らしさ(個性)と真実らしさ(説得力)が生まれる。逆に類型化されたイメージを使う方法としては、暗喩やメタ的な皮肉が効果的なのではないかと考えた。

作文の反省

 電話対応を題材にした点は、類型化された「出会い」のイメージを脱却することができたと思う。しかし、文章の構成が最後までふわふわしている印象がある。何が伝えたいのかがわからない。また、ほとんどが心理描写になっていて、絵のイメージができない。電話という特性を生かすために、相手の声質やデスク周りの描写は、具体的にできる部分だと思われる。

 

作文2回目(講義の後)

「○○大学の△△です。」

 鼻に引っかかるような籠りがちな声は柔らかで、ゆったりとした口調は、声の主の穏やかな性格を表しているようだった。ただ、その上品な言葉遣いが、私を緊張させた。

 私は権威に過度な畏怖を感じるタイプである。大学教授という肩書は私を委縮させるには十分すぎる肩書だった。散らかったデスクの上でくしゃくしゃの紙にメモを取る。自然と筆圧が強くなる。知っている限りの礼儀を尽くす。なんとか湿った受話器を置くことはできたが、要件を片付けることはできなかった。二回戦の開催が決定した。

 私はすぐに、○○大学のホームページで△△の名前を探した。学長だった。戦慄した。ただの教授でさえ緊張するのに、学長とは。私は改めて先ほどの会話振り返った。すべてを間違えたような気がした。もう一度電話をかけるのが一層億劫になった。

 そもそも、電話自体あまり好きではない。相手の表情をコミュニケーションの羅針盤にしている私にとって、顔が見えないことは、何の標的もなく大海原に漕ぎ出すのと同じなのだ。

「○○大学の△△です。」

 威厳が増している。怒っているように聞こえる。急かされているように感じる。私は少ない唾を飲み、汚い字で書かれた台本に目を落とした。

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