三十路一人旅

停留所

序文

この旅行を計画した時、スカイダイビングとバンジージャンプが与える感動により、かねてから乏しいと感じていた自分の感受性の花が開いて、すらすらと文章が浮かび、文豪たちの紀行文のようなものが書けるようになるつもりでいた。が、ご覧の通り、文章力や感受性というのは高いところから落ちるだけで向上するものではないらしい。とくに直後は、すらすらどころか、放心状態で物を考えることすらままならず、今起きた衝撃を処理することに大忙しだった。とはいえ、素晴らしい体験には違いなかったので、旅行前と変わらない拙い文章で記録を綴ろうと思う。

3,800m(スカイダイビング)への挑戦

東京の上野駅から栃木県の藤岡にあるダイビングクラブへ向かう。途中の春日部駅で流れた「オラは人気者」のメロディーに少し勇気をもらい、2時間弱かけて早めに会場に到着。事務所はなくキャンプ場のようなところで、屈強な男たちが作業をしていた。キャンピングカーで申込を行い、レクチャーを受け、シャカシャカズボンを上から履いて待機。しばらくすると、担当のインストラクターと対面し、ハーネス装着。自分たちを空へと運んでくれる飛行機がさっそうとあらわれた。プロペラが起こす風とガソリンの臭いをかいくぐり機内へ。機体が動き出す。開けっ放しのドアから見える地面がどんどん遠退いていく。雲を見下ろす高さにきたところで、インストラクターが窓を指差した。そこにはさきっぽだけの富士山があった。人生初めての富士山。足の震えが止まらないほど気温がさがっていた。インストラクターから合図があり、ドアの前まで移動、上空3,800mに押し出された。凄まじい風が下から吹き上げてきて、息をすることと海老ぞり姿勢をキープすることに必死だった。目の前に富士山が見えたのは覚えているが、それ以外の記憶はほとんどない。パラシュートが開くと、自由落下の時間は終わり、空中遊泳の時間に切り替わった。その瞬間、襲ってくる膨大な疲労感。なぜか涙も。残す着地をしばらく忘れていた緊張感と共に無事に終え、ふらふらと立ち上がりインストラクターと握手して、スカイダイビング体験が終了した。

100m (バンジージャンプ) への挑戦

東京の上野駅から茨城県の竜神大吊橋へ向かう。朝の4時に起きて、3時間半かけて早めに会場に到着。道の駅みたいなとこに、バンジーの事務所があり、受付を済ます。10時の予約だったが、空いていたので9時に変更されてしまった。誓約書にサインをして、さっそくハーネスを装着。ハーネスという言葉も覚えた。心の準備も出来ないままトントン拍子で橋まで移動。橋の真ん中あたりで、橋の端から秘密基地のように橋の下へ。そこには屈強な男たちが。足に重たいバンドを装着され、飛び降りる姿勢やその後のことの説明を受け、気が付けば飛び降りる位置に立っていた。下をみると川が遠くに流れている。前をみる。手を手すりから外す。インストラクターがカウントダウンを始めた。このカウントダウンは5から始まったが、実質2秒だった。体感1秒もなかった。頭を真っ白にして、飛び出した。川がすごいスピードで近づいてきたかと思ったら、一瞬止まり、また遠のく。数回バウンドを繰り返し、宙吊り状態のまま静止。上へ引き上げられ、記念撮影をしてバンジージャンプ体験が終了した。

3,800mと100m

飛ぶ前に1番知りたかったのは、どちらがより恐怖を感じるかという問題であった。そして、これを語るためにあえて2つに挑戦したといっても過言ではない。別に飛ぶこと事態が夢だったわけではなく、上でも述べている通り、飛んだことによって得られる何かに賭けていたのだ。なので、本来どちらかに挑戦するだけでよかったのだが、、、。

これは、大方の予想通り、バンジージャンプに軍配が上がった。

まず決定的な違いは、能動的ジャンプか、受動的ジャンプかという問題である。どちらも恐怖のピークは落下の瞬間であり、これを自分の意思で行うか、他人に委ねられるかでは、恐怖の質が全く異なる。

スカイダイビングの場合、落下は待っていれば訪れる。インストラクターのタイミングで押し出されるからだ。そして、その瞬間インストラクターは地球上で最も信頼のおける人物となり、この人物と運命共同体であるという安心感は恐怖を軽減させる。一方バンジージャンプの場合、自ら行動を起こさなければ成立せず、かつ孤独である。また、スカイダイビングは性質上、飛び込む瞬間は海老ぞり姿勢をキープしなければいけないので、上を向いた状態での飛び込みになる。それに引き換えバンジージャンプは、個人差あれどジャンプ前に下を覗きこんでしまう。

バンジージャンプの方に「頭をまっしろにして」と書いたが、こんなに意識的に恐怖を排除したのは始めてで、これは後で飛び込み前の写真を見ても、心頭滅却の瞬間がわかるくらい顔が変化していた。一方のスカイダイビングは、飛び込み前も笑顔であった。

総括

今回の旅行で当初考えていたものを得られなかったことは、文章を書きながらひしひしと感じてしまった。じつは最終日に草津温泉にも行ったのだが、そういった温泉旅行を書くのはもう少し文章を書きなれてからにしようと思う。文章能力は上がらなかったが、この経験は乏しい感受性を刺激するのには役立ったと思う。旅行は好きなので、今後も旅行に行ったら何かしら記録を残そうと思う。旅行をしたら記録する。記録をするために旅行をする。これを繰り返すうちに、目指す紀行文に近づいていくのではないかと楽観的な期待をしている。

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