古都

〈古い都の中でも次第になくなってゆくもの、それを書いておきたいのです。〉

これは、川端康成が文化勲章の記者会見で『古都』の執筆動機について語った言葉だ。その示す通り、『古都』は全9章からなり、「春の花」「尼寺と格子」「きものの町」は春、「北山杉」「祇園祭」は夏、「秋の色」「松のみどり」「秋深い姉妹」は秋、「冬の花」は冬、といったように京都の四季を背景に物語が進行し、実際の年中行事や出来事が盛り込まれている。

この古都の世界で繰り広げられるのは、幼い頃に生き別れた双子の姉妹の物語。老舗呉服商の一人娘として何不自由なく育った捨て子の千恵子と、北山杉の村で逞しく育った苗子、二人は祇園祭の夜に偶然出逢う。とりまく環境の違いに戸惑いながらも、姉妹としての交流を深めていく。共通点は美しい容姿と、純粋な心。この二人の娘の美しさや純粋さも、京都の情景と同じように、川端康成が文学世界に残しておきたかったものなのだろう。

京都の街をよく知る人はもちろん、よく知らない人もこれをガイドマップとして巡ってみるのも面白いかもしれない。果たして、川端康成が後世へ伝えたかった景色がどれだけ残っているかはわからないが。

この『古都』には、めずらしく作者のあとがきがついている。内容は、連載したものから大幅に修正を加えたことに対する弁明であるが、その大きな原因といえる眠り薬の濫用を以下のように書いている。

〈私は毎日『古都』を書き出す前にも、書いているあいだにも、眠り薬を用いた。眠り薬に酔って、うつつないありさまで書いた。眠り薬がかかせたようなものであったろうか。『古都』を「私の異常な所産」と言うわけである。〉

『古都』より前に書かれている、『眠れる美女』ら〈魔界〉をテーマとした小説の執筆中にも眠り薬は使用されていただろう。それらには確かに設定や世界観自体に異常性を感じる。しかし、最も眠り薬の影響が大きかった、この『古都』の中には、作者の言うような「異常」は感じとれない。むしろ、雪国のような清潔さを感じる。

深い眠りの中に辿り着いたのは、〈魔界〉ではなく、戦前の美しい日本の情景だったのかもしれない。

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