『眠れる美女』は、『舞姫』から始まり、『みづうみ』へと続いた「魔界」のテーマに連なる、川端の後期を代表する作品で、全5章から成る中編小説である。
ある海辺の宿では、既に男としての機能を失った老人たちに、全裸の娘と一晩添寝する逸楽を提供している。江口老人は友人の紹介でそこの会員となるが、彼はまだ男であった。深紅のビロードのカーテンに覆われた密室で「眠れる美女」と共に過ごす夜は、かつての女性たちとの記憶を呼び起こす。回想と夢想とを行き来しながら、老人の欲望の行く着く先を描く。
ひとつの章ごとに、『眠れる美女』との一夜が描かれている。最後の章は、美女が2人いるので、計6人の異なる美女を描き分けている。起きている人物ならば「会話」という武器を使い、性格で差別化をはかることができるだろうが、寝ているとなるとほぼ外見の描写のみに絞られる。それでも、読者は異なる6人の女性をはっきりと区別して頭の中に描くことができるのは、作者の感受性の豊かさと洞察力の鋭さ、それらを文章に落とし込む表現力の高さによる。
この物語を読んで疑問に思うのは、結局〈魔界〉とはなんだったのか。この『眠れる美女』とともに収録されている『片腕』、『散りぬるを』にある共通点は、「無抵抗なものへの欲望」だろう。「無抵抗」、三島由紀夫は解説の中で、「死体愛好症的肉体描写」という言葉を使用しているが、おそらく死体ではダメなのだ。性欲の先に必ず現れるのは、「破壊衝動」であるので、対象が生きていなければ成り立たない。この破壊の欲望と共存しつつも、〈悪〉に落ちていない微妙な世界が〈魔界〉と言えるのではないだろうか。とすれば、この美女との密室を〈魔界〉と呼ぶことができる。
眠れる美女の寝室には、会員用に睡眠薬らしき錠剤が2錠常備されている。川端自信もは睡眠薬の服用していて、それが祟り、『眠れる美女』初刊行の4ヶ月後には禁断症状を起して入院しているほどだ。その錯綜の中で描かれた〈魔界〉を一度読んだ程度で理解できるものではないだろう。
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