ぼくにとって最初の川端康成作品。
伊豆へ一人旅をしていた学生が、旅芸人の家族と出会い、同行をしながら仲を深め、旅先での別れまでを描いた短編小説。
これは、川端氏自身が実際に体験した話である。
〈二十歳の私は自分の性質が孤児根性で歪んていると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に堪え切れないで伊豆の旅に出て来ているのだった。〉
このような目的で始まった旅は、旅芸人家族との交流の中で、彼らの純粋な好意に触れることで、川端青年の心を癒やしていった。
〈世間尋常の意味で自分がいい人に見えることは、言いようなく有難いのだった。〉
そして、旅芸人家族と別れた後、東京に帰る船の上では、満たされた思いのまま、どんな人にも心を許せるようになっていた。
〈私はどんなに親切にされても、それを大変自然に受け入れられるような美しい空虚な気持ちだった。〉
このような、主人公の心境の変化が、踊子との間に芽生えた恋心や、伊豆の温泉街の雰囲気をスパイスに描かれている。
短めの美しい文章で綴られた紀行文。このような一人旅の記録が1つの作品となるのはどういうわけか。アウトプットの能力はもちろんだが、インプット能力が凄まじいように思われる。いわゆる感受性というやつか。そして、様々なものに興味や疑問を持つ好奇心か。いづれも後天的に身につけるのは難しいように思う。旅行中に意識のアンテナをビンビンに張っておくことで、自分も同じようにいろいろと感じとることができるのだろうか。これも難しそうだ。
反対に、自分にも小説を書けそうな気を起こさせてもくれる。出来事を丁寧に書くことで1つの小説になりうることを教えてくれた。ここまでの名作にしなくとも、旅行好きとしては、なにかしら記録を残したい。そしてそれはできるだけ美しい文章にしたい。そのためにはこの作品はお手本になるだろう。
少し観念的な感想になってしまうが、全体を通して、清潔な霧に包まれているような、そんな心地の良い空間を彷徨っているような読書だった。三島由紀夫作品を読んでいるときに感じた、ドロッと重い感じは受けなかった。作品にもよるのだろうが、これから川端康成作品を読み進めるにあたって基準にしたい。
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