憂國

三島由紀夫の短編小説であり、代表作の一つで、二・二六事件の外伝的作品である。〈愛と死の光景、エロスと大義との完全な融合と相乗作用は、私がこの人生に期待する唯一の至福〉と三島は語っており、これはフランスの思想家ジョルジュ・バタイユの『エロティシズム』に通じる作品構造となっている。

二・二六事件において、反乱軍とされた親友を皇軍として討つ立場おかれ、自刃を選んだ若き中尉とその後をおう妻の物語。登場人物はこの夫婦だけで、ストーリーもシンプルである。しかし、凄まじい濃度だ。死とエロティシズムが主題となっており、描写が非常にグロテスクな上に詳細である。しかし、その思想の純粋さによって、全体が神聖なものへ昇華している。

私は三島由紀夫の作品の中で他人に進めるならば、まずこの作品を選ぶ。三島由紀夫自身が「もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのような小説が読みたいと求めたら、『憂国』の一編を読んでもらえばよい」と語っていることが1番の理由だ。

私は『花ざかりの森』とこの『憂国』が収録された短編集を三島作品の一冊目に選んだ。そのとき、小説というものが現実に与える影響の大きさに驚いた。

精緻に描写された自刃の場面は、私の鼓動を速め、腹部を萎縮させ、発汗を促した。そして、後には疲労感が残った。

迫真の演技という言葉は聞いたことがあったが、これはまさに迫真の文章と言えるのではないか。三島由紀夫は『憂国』執筆の9年後に自刃したのだが、この描写は真に迫るものだったのかをぜひ聞いてみたい。

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