この小説は、精神分析医である汐見和順の「『音楽』と題する、女性の冷感症の一症例に関する手記」という体裁をとっている。
『音楽』の内容は、不感症に悩む或る女性患者の治療を通して、彼女の深層心理の謎を探っていく過程を記録したものであるが、いわゆる『音楽』そのものを題材にしたものではなく、『音楽』は『オーガズム(性的絶頂)』の暗喩として使用されている。
精神分析医が患者の症状の原因を探っていく過程は、ミステリー小説さながらで、読み進める手が止まらない、異色のエンターテインメント。
扱っているものは、精神分析、不感症、さらには近親相姦と過激であるが、大衆を意識して厳格なものは避けつつも、巧みさを失わない修辞によって、非常に読みやすい作品である。
心理学というものにまったく知識のない私だが、この作品を読んで、作者の知識の広さと造詣の深さに驚かされた。そして、この小説の中では批判の対象となっている精神分析に興味が湧いた。ユング、ドラッガーなどこの作品に名前の出る有名どころでも、その主張に触れたことはない。今後、読者を通して、様々な心理描写に触れるにあたり、読んでおくのも面白い。おそらく、哲学のように、多くの作品に影響を与えているだろう。
女性の不感症を扱っているこの小説の中には、不能の青年も登場する。
私自身、不能ではないが、相手によって不能になった体験がある。男の不能は特に精神的影響によるものが多いらしい。自分の性の問題も見つめるということは、何よりも深い自己分析になりうるのだ。そして、そこには、三島由紀夫にとっての「不能」や「近親相姦」のように、小説の種となるうる心理が芽を出さぬまま埋まっているかもしれない。
コメント