上・中・下に分けて刊行された、谷崎文学最長の作品。大阪船場で古い暖簾を誇り、現在は衰退の一途をたどる蒔岡家の4人姉妹、鶴子・幸子・雪子・妙子の日常を描いた物語。船場文化の伝統と阪神間モダニズムの間で滅びゆく上流階級の日常を、流れる四季と細やかな心理描写が華やかに彩る。
『細雪』は、人気・知名度ともにトップクラスで、谷崎文学を代表する作品である。私も谷崎文学を読み始める前から、この作品だけは知っていた。谷崎潤一郎特有の流麗な文体と上方言葉の軽快な会話劇で、かなりの分量をあっと言う間に読み終わってしまった。そして、物語に入り込めば入り込むほど読み終わったときの喪失感が大きくなる私にとって、この『細雪』でのそれはかなり大きな波となって胸に押し寄せてきた。
登場人物はたくさんいるが、やはり蒔岡姉妹、とりわけ、次女幸子、三女雪子、四女妙子の三人が中心となって物語が進んでいく。三人の性格や容姿は三者三様でかなり細やかに描写されており、この個性の立ち方によって物語はドラマを生んでいる。しかし、三者三様の性質を持つ姉妹は、お互いに理解に苦しむ部分を持ちながらも、深い愛情で繋がっている。内気な雪子のお見合いと陽気な妙子の恋愛問題に振り回されるお人好しな幸子。まったく正反対の妹二人であるが、共通しているのは我の強さだ。二人とも周囲がいくら困ろうとも、自分の意見は絶対に曲げない。妙子の方が攻撃的なのでそれが顕著にみえるが、雪子の方はただ黙っていて何を考えているかがわからない分、ご機嫌を伺う周りの気苦労は大きい。そんな二人に愛想を尽かさずに献身的に尽くす幸子。しかし、三人はそんなことで疎遠になったりはせず、喧嘩しても仲良く四季の行事を楽しむ。幸子の願いは、二人の妹が平和に身を固まることであり、そのために奮闘しているのだが、それは今の頻繁に三人で会う現状の終わりでもある。そしてこの物語の終焉でもある。そこに向かうにつれ強まる哀愁は、物語の裏で着々と近づく戦争の情勢と相まって一層と強く感じられる。
谷崎文学における女性礼賛のテーマは、今までの作品とは異なり、マゾヒストたちは影を潜める(妙子と彼氏の関係はまさにそれなのだが)。本作品では女性社会が細かく観察され、登場する女性たちが美しく伸びやかに描写することで満たされているのではないだろうか。
蛇足
この性格的な構図は以前読んだ川端康成の『女であること』を思い出しました。幸子と市子、雪子と妙子(女であること)、妙子(細雪)とさかえ。そして、全体を流れるゆったりとした空気感は『山の音』に近いものを感じました。また、ある一貫していたテーマと少し距離をおいて、その時代のその場所の美しいものを美しく書き残すという点では、『古都』の動機と近いのではないかとふと思ったりなんかして。よく思い返すとどれも全然違うのですが、、、。なんとなくそんな印象でして。しかし、異なる作家の作品と比較するのは面白いですので、気づいたらメモ変わりにでもこのように残しとこうと思いました。
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